線が切れる

2004年10月6日 恋愛
生きて来た道は線だと思う。

生まれてから、今日に至るまで

性格もそう。

環境もそう。

気持ちも。

運命なんて簡単な言葉じゃなく。

少少の偶然と多大な必然で

今日に至ったと思う。

夫と結婚したのも必然。

数々の偶然もあったろう。

まず、出会えた事は偶然だったかも。

でも、私は夫と言う人物を選べる立場にもあった。

そう考えたら、何もかもそう。

無理矢理、

敷かれたレールを乗せられて生きてきたワケじゃない。

選択したのは自分。

責任も自分にある。



線の話しに戻ります。

選択の目を培った(つちかった)自分を

養ってきたのも、少少の環境と自分の性格。

色んな日々の積み重ねが、今日の私を作った。

性格を形成したのも、長い時間かけて。

昨日と今日でイキナシ目がかわる事はめったにない。

オトコに対する、思い、考え方、とらえ方、対応。

それらも全て、今日作られたモノじゃない。

何が言いたいかと言えば、

独身時代にサンザン男遊びした人もいるだろう。

サンザンで無くても、旦那様に処女を捧げ

ずっと、旦那様しか知らないって女性は

現在に於いて、たぶん、あまり(イヤ、全然)

居ないのでは?

独身は彼をトッカエヒッカエしても何ら罪じゃない。

二股かけようが、金銭絡まなきゃ乱交パーティーすら

何のおとがめも無い。

恋愛に関してSEXに関して自由なのだ。

そうして、生きて来たのに、

なぜ

結婚するのか。

結婚は不自由だ。

貞操の義務と言う束縛。

その人の子しか産んではイケナイと言う決まり。

なぜ

自由を棄ててまで

不自由な束縛に身を置きたがるのか。

_______

自由には責任が伴う。

自由とはそう言うモノだ。

ダレかに強制も強要もされない。

自己責任。

自由自由と声高に叫んでみても

上手く行かない時もある。

嬉しい時も一人で喜ぶには味気ない。

共同責任。

ホンノ少しの束縛もイイかなって思えてくる。

無いものネダリ。

自由の時は、その自己責任が重く感じる事がある。

ダレかに決め付けてもらいたい。

ダレかのモノになってみたい。

きっと、ヌクヌクと楽だろ〜なぁ〜。

しかし

いざ

手に入れた束縛は

あまりにも制約が多過ぎる。

こんなハズじゃなかった。

そう

昨日まで自由を謳歌していた感覚。

恋愛に関しての考え方。

それらが

アル日、突然、結婚した翌日からガラリと変わるワケない。

人生は線です。

昨日と今日で180度の見地の変換を強いるのが結婚。

_________

ステキな人と恋愛したい。

好きなオトコに抱かれたい。

もっとイイ人居ないかしら。

そこで、たどり着いたハズの結婚だったのか。

妥協は無かったのか。

惰性じゃ無かったのか。

独身ならいくらでもリセットできる。

次もある。

結婚とは、諦め。

結婚とは、我慢。

____________

今、彼と恋愛している。

法を犯してまで、彼と愛し合ってる。

私の気持ちは独身の頃と何ら変わらない。

ステキな人と恋愛したい。

好きな男に抱かれたい。

でも

あの日(入籍)から

それは、罪になった。

気持ちは置いてキぼり。

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